広島の平和記念式典とは ― 受け継がれてきた「平和」への祈り
毎年8月6日、広島市では「広島市原爆死没者慰霊式並びに平和祈念式」、一般に「平和記念式典」と呼ばれる式典が行われます。
2026年は、広島に原子爆弾が投下されてから81年。私は今年、実際に平和記念公園を訪れ、平和記念式典に参列しました。
朝早くから多くの人が集まり、国内からの参列者に加えて外国人の姿も多く見られました。会場には内閣総理大臣をはじめ、広島県知事、広島市長、広島市議会議長、各政党の党首など多くの要人が参列していました。さらに、配布されたプログラムによると、2026年は欧米やアジア、アフリカをはじめ、台湾や欧州連合(EU)代表部など世界中の国・地域からも参列者が訪れており、広島の平和への祈りが立場や国境を越えてグローバルに広がっていることを実感させられます。
また、要人も多数参列するため、手荷物検査などの警備体制も厳重に整えられていました。
今回は、2026年の式典の様子だけでなく、そもそも平和記念式典がどのように始まり、どのような意味を持つ行事へと発展してきたのかを振り返りながら、実際に現地を訪れて感じたことをご紹介します。
平和記念式典はいつから始まったのか

出典:ヒロシマ平和メディアセンター「[ヒロシマドキュメント 被爆80年]1945.8.6~2025 1947年8月 第1回平和祭」(https://www.hiroshimapeacemedia.jp/?p=148751)
現在の平和記念式典の原型となったのは、1947年8月6日に開催された「第1回平和祭」です。
被爆からわずか2年後、まだ街に生々しい傷跡が残る中、広島平和祭協会の主催によって中島本町の「平和広場」で開催されました。焼け野原からの復興を目指す会場には、当時の市民ら約2,500人もの人々が集まりました。
このとき、現在の「ひろしま平和の歌」の前身となる平和の歌が演奏・合唱され、濱井信三・広島市長(当時)が初めて「平和宣言」を読み上げました。また、午前8時15分には、この年に除幕された「平和の鐘」が打ち鳴らされています。
広島市によると、この平和祭は、原爆投下から立ち上がろうとする広島市民の「永遠の平和を確立しよう」という強い願いを世界へ伝えるために始められました。 以降、平和宣言は毎年8月6日に発表されるようになり、現在の平和記念式典へと受け継がれています。
つまり、平和記念式典は単なる年に一度の恒例行事ではありません。被爆後の広島が、悲しみを乗り越えて何を記憶し、どのような未来を目指すのかを、その時代ごとに世界へ発信し続けてきた決意の場なのです。
時代によって変化してきた「平和宣言」

毎年発表される「平和宣言」にも、その時代の国際情勢や広島市民の問題意識が反映されています。
例えば1956年には、前年に広島で第1回原水爆禁止世界大会が開催されたことを背景に、平和宣言に初めて「原水爆禁止」という言葉が登場しました。
1971年には、次の世代へ戦争と平和の意義を伝えるための「平和教育」が明記され、1982年には、世界の都市が連帯して平和を求める取り組みへと発展していきます。現在の「平和首長会議」につながる考え方も、こうした流れの中から生まれました。
さらに1990年代以降には、核兵器の問題だけでなく、被爆の実相を次世代へ継承することや、異なる文化・背景を持つ人々との対話など、平和宣言のテーマも広がっていきます。
この歴史から分かるのは、「平和」という言葉が、時代ごとの課題と真摯に向き合いながら深められてきたということです。
原爆の犠牲者を悼むことから始まり、核兵器廃絶を訴え、さらにその記憶を次の世代へどう語り継ぐかを考える。平和記念式典は、81年間にわたってその役割を変化させながら続いてきました。
2026年の平和記念式典

2026年の平和記念式典は、8月6日午前8時から8時50分まで、平和記念公園で開催されました。
式典は、原爆死没者名簿の奉納、式辞、献花と続き、原爆が投下された午前8時15分に「平和の鐘」が鳴り響きます。参列者全員による1分間の黙とうの後、平和への願いを込めて大空へ鳩が放たれる「放鳩(ほうきゅう)」が行われました。 その後、広島市長による「平和宣言」、こども代表による「平和への誓い」、内閣総理大臣や広島県知事、国連事務総長などのご挨拶が続き、最後に「ひろしま平和の歌」を合唱して閉式となりました。
特に印象に残ったのが、午前8時15分の黙とうです。
平和記念公園には蝉が多く、黙とうの間も、夏を感じさせる力強い鳴き声が響いていました。静かに目を閉じる人々の中で響く、生き生きとした蝉の声。その生命力は、81年前、この場所で生きたくても生きることのできなかった多くの命とは切なくも対照的に感じられました。
一方で、その力強い生命の声を聞いていると、原爆によって大きな被害を受けながらも生き抜き、戦後の広島を復興させてきた人々の姿も思い浮かびました。
失われた命と、現在も続く命。その二つを重ねながら黙とうを捧げていると、原爆によって失われた日常や、その後の広島が歩んできた時間について、さまざまなことを考えさせられました。これは、歴史を「過去の出来事」として学ぶだけでは得られない、現地に立つからこそ感じられることの一つだと思います。
子どもたちが担う「記憶の継承」

2026年の式典では、会場で子どもたちがパンフレットを配る姿も見られました。
また、式典の中では、こども代表による「平和への誓い」も行われます。
この「平和への誓い」が初めて設けられたのは、被爆50周年にあたる1995年でした。「こども平和のつどい」で世界の子どもたちが話し合った内容を、平和への決意として発表したことが始まりです。以来、子どもたちが平和について考え、自分たちの言葉で発信する機会として続いています。
2026年の式典では、地元の小学6年生2名(柿崎由宇さん、河野和希さん)が登壇されました。 「ぼろぼろになった制服、黒く焦げたお弁当箱。それは、当たり前の毎日を生きていた証です」という言葉から始まった誓いでは、被爆体験を直接聞くことができる最後の世代として、悲しい現実から目を背けず「相手の気持ちを想像し、違いを認め合うこと」「一人ひとりの小さな行動が平和への後押しとなること」が力強く語られました。
被爆者の高齢化が進む今、「記憶をどのように次の世代へ渡していくか」は広島にとって重要な課題です。死没者名簿の記帳に若い世代が携わるなど、平和記念式典は、被爆者の方々の「過去の記憶」を、現代を生きる私たちが受け取り、未来へつなぐ誓いの場へと進化しています。
実際に平和記念式典へ参加するには?席の種類と当日の流れ

「平和記念式典に実際に参列してみたい」という方に向けて、2026年の開催情報をもとに、席の種類や当日の流れをご紹介します。
・一般席は予約不要。当日先着順
2026年の平和記念式典では、平和記念公園のメイン会場に約7,000席が設けられ、そのうち一般の参列者が利用できる一般席は約1,200席でした。
一般席は事前予約制ではなく、当日先着順の自由席です。そのため、一般の旅行者が参列する場合、チケットを事前に購入する必要はありません。
ただし、定員に達した場合は入場が制限されます。2026年は午前6時から入場が始まり、私が訪れた際には午前7時30分頃には一般席が満席となっていました。参列を希望する場合は、できるだけ早い時間に平和記念公園へ向かうことをおすすめします。
・外国人向けには事前予約席も
2026年には、英語による同時通訳を必要とする外国人・随行者を対象に、約500席の「外国人席」が設けられました。
こちらは一般席とは異なり、事前予約制・先着順です。2026年の受付期間は6月1日午前9時から6月26日午後5時までで、広島市のホームページにある予約フォームから申し込めます。1団体につき最大20名まで、そのうち随行者は3名まで申し込むことができます。
外国人席は英語の同時通訳レシーバーが用意される席で、日本語での参列が可能な方は一般席を利用することになります。
・自治体席など、事前予約が必要な席も
このほか、自治体関係者向けには「自治体席」が設けられています。2026年は約2,500席が用意され、5月14日から6月17日まで自治体を通じて申し込みが行われました。一般の旅行者が申し込む席ではありませんが、平和記念式典にはこのように参列者の立場に応じて異なる席が用意されています。
・当日は入場規制にも注意
式典当日は、平和記念公園の一部で入場規制が行われ、手荷物検査や金属探知検査も実施されます。2026年も安全対策として、午前5時から9時まで入場規制が行われました。大きな荷物やキャリーケースなどは避け、時間に余裕を持って向かうと安心です。
また、当日は座席エリアへの「参列者席入口」が公園の南側(平和大通り側)に設けられており、向かう方角によっては大きく迂回することになります。私自身、原爆ドームのある北側から向かったところ、座席の入口まで公園をぐるりと大きく回ることになりました。初めて参列される方はあらかじめ参列者席入口の位置とアクセス経路を確認しておくことをおすすめします。
・屋内のサブ会場で参列する方法も
「式典には参加したいけれど、真夏の屋外で過ごすことが心配」という方には、屋内のサブ会場も選択肢の一つです。
2026年は、平和記念公園内の広島国際会議場にあるフェニックスホールとヒマワリに、約2,200席の屋内席が設けられ、式典が同時中継されました。冷房の効いた屋内で参列できるため、ご高齢の方や暑さが心配な方にも利用しやすい会場です。
実際に訪れてみると、サブ会場にも多くの人が集まっていました。午前8時15分にはメイン会場と同じように黙とうが行われ、式典の節目には温かい拍手が送られるなど、一体感を持って祈りを共有できる空間となっています。
なお、式典の開催日時や席の種類、予約方法、入場規制などは年度によって変更される可能性があります。実際に参加する際は、必ずその年度の広島市公式サイトで最新情報を確認してください。
8月6日の広島を訪れるなら、Hotel Small Worldへ

8月6日の平和記念式典は午前8:00に開始され、一般席は早朝から埋まり始めます。そのため、遠方からお越しになる場合は前日までに広島へ到着し、宿泊しておくのが最も安心です。
ただし、式典前日の8月5日は広島市内のホテルや宿泊施設が非常に混み合い、早い段階で満室になる傾向があります。参列を予定されている方は、できるだけ早い時期にお部屋を確保しておくことをおすすめします。
また、前日までに平和記念公園や原爆ドーム、広島平和記念資料館などを訪れて広島の歩んできた歴史に触れておくと、当日の式典で体験する祈りの時間がより深いものとなるはずです。
Hotel Small Worldは、「平和」をコンセプトにしたホテルです。客室には、過去の悲劇や、そこから復興した現在の広島の姿について知るための資料や参考文献が置かれています。ホテルでくつろぎながら広島の歴史を知り、翌朝、実際に平和記念公園を訪れる。そんな過ごし方ができるのが、当ホテルの特徴です。
8月6日という特別な日に広島を訪れる方はもちろん、夏の広島旅行の中で「平和」について考えてみたい方は、ぜひHotel Small Worldで特別な時間をお過ごしください。
まとめ
81年前、一発の原子爆弾によって多くを失った広島は、今や世界中から人々が集う平和の象徴都市となりました。
原爆死没者を悼むこと。
被爆の実相を伝えること。
核兵器の廃絶を訴えること。
そして、その記憶を次の世代へ受け渡すこと。
8月6日に広島を訪れることは、歴史を学ぶだけでなく、現在の広島の街を実際に歩き、そこで暮らす人々や、平和を伝えようとする人々の姿を見ることでもあります。
平和記念式典が長い年月をかけて受け継いできたものを知ることで、私たちが今、この街で過ごしている日常についても改めて考えることができるのではないでしょうか。