『黒い雨』に描かれる、広島に降った雨とその後
井伏鱒二の小説『黒い雨』は、広島への原子爆弾投下を題材に、被爆した人々のその後の暮らしや、原爆による影響を描いた作品です。1965年から1966年にかけて『新潮』で連載され、1966年に完結しました。作者の井伏鱒二は、広島で被爆した人々の記録や体験をもとに作品を書き上げています。
物語の中心となるのは、広島で被爆した閑間重松と、その姪・矢須子です。戦後、矢須子には縁談が持ち上がりますが、原爆による健康への影響を心配する噂があり、なかなか話がまとまりません。
重松は矢須子の被爆について誤解を解くため、1945年8月6日前後の出来事を記した日記を清書し、縁談の世話人に見せようとします。そこから、原爆が投下された当日の広島と、その後の日々が日記を通して描かれていきます。
今回は、実際の被爆記録や取材をもとに描かれた井伏鱒二氏の『黒い雨』についてご紹介します。
「黒い雨」とは
「黒い雨」は、1945年8月6日の原爆投下後、広島に降った雨のことです。
原爆による爆発では、建物などが大量に破壊され、煙やちりなどが空中に巻き上げられました。それらを含んだ雲から降った雨には、放射性物質を含む降下物が混じっていました。広島市の記録によると、爆発後20~30分ほどから黒雲が北北西へ移動し、午前9時から午後4時ごろにかけて雨が降ったとされています。地域によって雨の強さには違いがあり、西部や北部では激しい雨となった地域もありました。
現在も「黒い雨」に関する調査や健康影響についての研究が続けられており、広島市・広島県では、一定の要件を満たす「黒い雨」に遭った方を対象とした被爆者健康手帳の交付制度も設けられています。
日記から描かれる、あの日の広島
『黒い雨』の大きな特徴の一つが、日記を中心に物語が進んでいく構成です。
矢須子の日記や重松の被爆日記には、原爆が投下された日の出来事だけでなく、避難する途中で目にしたものや、出会った人々の様子などが記されています。重松が日記を清書していくという設定によって、読者は1945年8月6日前後の出来事を、時間の流れに沿って追っていくことになります。
その中には、原爆によって街の様子が一変したことだけではなく、家族と離れたり、傷ついた人を目にしたり、避難しながら日常のことを考えたりする場面も描かれています。大きな出来事の中に、当時の人々が送っていた生活の細かな場面が置かれていることも、この作品の特徴です。
矢須子の縁談と、被爆をめぐる不安
作品の物語を動かすのが、矢須子の縁談です。
矢須子は原爆投下時に広島市内におらず、重松は彼女が直接被爆していないことを証明しようとします。しかし、日記を読み進めると、矢須子が原爆投下後に降った「黒い雨」に遭っていたことが明らかになります。
縁談をまとめるために書き写していた記録が、結果として矢須子の被爆をめぐる事実を浮かび上がらせていく。この構成によって、『黒い雨』では、原爆が投下された瞬間だけでなく、被爆したことがその後の生活にどのような影響を及ぼしたのかも描かれています。
実際の記録をもとに生まれた小説
『黒い雨』は創作小説ですが、その背景には実際の被爆記録があります。
作品の主人公・閑間重松のモデルとなった重松静馬は広島で被爆しており、自身の被爆日記を残していました。井伏はこの日記を作品の重要な資料として用い、さらに広島やその周辺の人々から話を聞くなどして『黒い雨』を書いています。作品には、実際の記録をもとにした部分と、井伏によって小説として構成された部分が含まれています。
そのため『黒い雨』は、史実をそのまま記録した手記ではありません。実際の記録を土台にしながら、登場人物や日記、会話などを組み合わせて、一つの小説として描かれた作品です。
静かな日常の中に描かれる原爆の影響
『黒い雨』では、原爆投下直後の混乱だけでなく、時間が経った後の暮らしにも目が向けられています。
矢須子の体調や、周囲から向けられる被爆への不安、縁談への影響などを通して、原爆による被害が一日で終わるものではなかったことが描かれています。
大きな出来事を正面から説明するのではなく、食事や家族との会話、縁談といった日常の中に被爆後の問題を置いていることが、『黒い雨』の印象的なところです。新潮社も本作について、被爆という体験を「日常の暮らし」の中に文学として描いた作品と紹介しています。
Hotel Small Worldで、広島の歴史に触れる
Hotel Small Worldは、「平和」をコンセプトとしたホテルです。滞在を通して、皆様に少しでも平和について想いを馳せる時間を過ごしていただきたいという願いが込められています。
客室には、広島の歴史や原爆、平和について知ることのできる本や写真、DVDなど、さまざまな資料を用意しています。今回ご紹介した『黒い雨』も、その中の一冊です。
観光だけではなく、客室でこうした資料に触れながら、広島で起きた出来事や、この街の歴史について知る時間もお過ごしいただけます。
まとめ
広島の歴史や平和について知る方法は、さまざまです。本や写真、映像など、残された記録に触れることも、その一つといえるでしょう。
Hotel Small Worldでの滞在が、広島で起きた出来事や、この街が歩んできた歴史について知るきっかけとなれば幸いです。