『はだしのゲン』から知る、被爆した広島と戦後を生きた人々
広島を舞台にした作品のなかで、長く読み継がれている漫画の一つに『はだしのゲン』があります。
原爆や戦争を題材にした作品として知られていますが、『はだしのゲン』が描いているのは、原爆が投下された「その瞬間」だけではありません。
1945年8月6日の被爆を境に、それまで当たり前だった日常を失った人々が、焼け野原となった広島でどのように生きたのか。家族を失った悲しみや、戦後の厳しい生活、被爆による健康への影響など、戦争が人々の暮らしに残したものが、少年・中岡ゲンの目を通して描かれています。
今回はそんな『はだしのゲン』についてご紹介します。
作者・中沢啓治さん自身の被爆体験から生まれた作品
『はだしのゲン』の作者は、漫画家の中沢啓治さんです。
中沢さんは1939年に広島市で生まれ、6歳だった1945年8月6日に広島で被爆しました。
爆心地から約1.2kmの場所にあった国民学校で被爆した中沢さんは、建物の壁と壁の間に挟まれたことで奇跡的に助かりました。しかし、自宅では父、姉、弟が倒壊した家の下敷きとなり、その後の火災によって亡くなっています。
母親とともに生き残った中沢さんは、その後の広島で、原爆によって家族や住む場所を失った人々の姿を目にしました。
こうした自身の経験が、『はだしのゲン』を描く大きな土台となっています。
ただし、作品に登場する主人公の中岡ゲンやその家族、物語の出来事が、すべて中沢さん自身の人生をそのまま描いたものというわけではありません。
『はだしのゲン』は、中沢さん自身の被爆体験を土台にしながら、中沢さんが実際に見た広島の街や、そこで暮らす人々の姿、そして戦争の時代を生きた自身の記憶や思いをもとに描かれた作品です。
自分自身が経験したことだけでなく、あの時代を生きた一人の少年だからこそ見ていた景色や、戦後の広島で目にした人々の姿が、作品の中に重ねられています。
そのため、『はだしのゲン』は単なる個人の体験記ではなく、一人の被爆者の記憶を通して、当時の広島で人々が見た景色や、戦争によって変わってしまった暮らしを描いた自伝的な漫画として読むことができます。
物語は原爆投下前の広島から始まる
物語の主人公は、広島で暮らす少年・中岡ゲン。
ゲンの家族は決して裕福ではありませんでしたが、家族同士で支え合いながら暮らしていました。
物語の前半では、戦時中の広島での暮らしも描かれます。戦争によって物資が不足し、食べ物や生活用品も十分に手に入らないなか、人々がどのように生活していたのかを知ることができます。
そして1945年8月6日。広島に原子爆弾が投下されます。
ゲンは建物のそばにいたことで生き延びますが、家族のうち父、姉、弟を失います。それまで家族と暮らしていた日常は、一瞬にして失われました。
その後の物語では、原爆によって大きな被害を受けた広島を舞台に、ゲンと母親の生活が続いていきます。
原爆投下後に待っていた「戦後」
『はだしのゲン』の特徴の一つは、原爆投下の場面だけで物語が終わらないことです。
むしろ、その後の生活が長く描かれています。
建物の多くが失われ、食べ物も十分にない広島で、ゲンたちは生きるためにさまざまな仕事をしなければなりませんでした。
戦争が終わったからといって、人々の苦しみがすぐになくなったわけではありません。
家族を失った子どもたちや、住む場所を失った人々、原爆による健康被害に苦しむ人々など、戦争によって生じた問題は戦後の生活にも続いていました。
作中では、ゲンが原爆孤児の隆太たちと出会うなど、戦争によって家族を失った子どもたちの姿も描かれています。
また、被爆したことを理由とした差別など、原爆による被害が人々の生活に長く影響を与えたことも作品の中で描かれています。
その意味では、『はだしのゲン』は、「原爆によって何が起きたのか」という事実だけでなく、その出来事を経験した人々が、何を感じ、何を思い、その後をどのように生きようとしたのかにも触れられる作品のように感じます。
家族を失った悲しみや、先の見えない生活への不安、生きるために懸命になる姿、周囲の人との支え合いなど、歴史上の出来事としてだけでは見えにくい、一人ひとりの感情や日々の暮らしが物語の中に描かれています。
もちろん、作品を読むだけで当時の人々の気持ちをすべて理解できるわけではありません。それでも、一人の少年の目を通して当時の広島を知ることで、原爆や戦争を「過去に起きた出来事」としてだけではなく、そこには一人ひとりの生活があり、家族がいて、失いたくなかった日常があったのだと想像するきっかけになることでしょう。
苦しみのなかでも、生きようとするゲン
作品には、戦争や原爆による悲惨な場面が多く登場します。
一方で、ゲンはただ悲しみ続けるだけの少年ではありません。
家族や仲間との関わりのなかで、何度も困難に直面しながら、それでも生きていこうとします。
作品のなかでは「麦」が重要なモチーフとして登場します。麦は、踏まれても再び立ち上がり成長していく植物です。厳しい環境のなかでも生き抜こうとするゲンの姿と重ねられています。
そのため『はだしのゲン』は、戦争や原爆の恐ろしさを描く作品であると同時に、大きな苦難のなかでも生きようとする人間の力を描いた物語として読むこともできます。
『はだしのゲン』は何巻ある?
『はだしのゲン』には、これまでいくつかのシリーズが出版されており、シリーズによって巻数が異なります。
現在広く知られている汐文社の「コミック版」は全10巻。また、同じ汐文社から「愛蔵版」全10巻も刊行されています。
一方、金の星社から刊行された『はだしのゲン 完全版』は全7巻です。
このように、同じ『はだしのゲン』でも、出版されたシリーズによって巻数や本の形が異なります。これから読んでみたい方は、書店や図書館などで手に取った際に、どのシリーズなのか確認してみることをおすすめします。
海外でも読まれている『Barefoot Gen』
『はだしのゲン』は、日本国内だけでなく海外にも紹介されています。
英語版のタイトルは『Barefoot Gen』。英語をはじめ複数の言語に翻訳され、海外でも読まれてきました。
英語版も出版されている『はだしのゲン』は、海外から広島を訪れる人にとっても、この街の歴史を知るきっかけの一つになります。
原爆ドームや広島平和記念資料館を訪れるだけでなく、こうした作品を通して、当時の広島で暮らしていた人々の生活や、戦争によって失われた日常について知ることもできます。
特に漫画という形は、文章で事実を読むだけではなく、登場人物の表情や行動から当時の人々の感情にも触れることができる点がおすすめです。
Hotel Small Worldで、広島の歴史に触れる一冊を
Hotel Small Worldでは、「平和」をテーマに、広島の歴史や原爆、平和について知ることのできる本を客室内に多数用意しています。『はだしのゲン』も、その一冊です。
旅の途中で少し時間をつくって本を開けば、今いる広島の街が、かつてどのような場所だったのかを知るきっかけになるかもしれません。原爆ドームや広島平和記念資料館を訪れる前に読めば、展示を見る際の視点が増え、訪れた後に読めば、実際に見た場所と作品の中に描かれた広島を重ねながら読むこともできます。
また、Hotel Small Worldでは、日本語だけでなく英語の書籍も多数用意しています。海外からお越しの方にも広島の歴史に触れていただけます。
まとめ
現在、戦争を実際に経験した人々の高齢化が進み、直接その体験を聞くことができる機会は少なくなっています。だからこそ、当時を生きた人々の体験を、証言や手記、写真、映像、そして本など、さまざまな形で残していくことが大切になっています。
『はだしのゲン』に描かれている被爆直後の広島の姿は、現在の街並みからは想像することが難しいほど大きく異なります。今では多くの人が暮らし、観光客が行き交う広島にも、かつて戦争によって日常を奪われた人々がいました。
当時の人々が感じた恐怖や苦しみを、現代を生きる私たちが完全に理解することはできないかもしれません。それでも、一人の少年の物語を通して当時の暮らしに触れ、「もし自分がこの時代に生きていたら」と想像してみる。そうしたことが、過去を遠い出来事として終わらせず、そこに生きていた人々について考えるきっかけになるように感じます。
ぜひHotel Small Worldでの滞在中に、本や資料を手に取り、広島の歴史について知る時間を過ごしてみてください。